アマチュア修斗全日本中国大会に出場しました。
先日の6月4日、総合格闘技アマチュア修斗の全日本予選に参戦してきました。
2年前の8月にふとした思いつきから、中学生の息子と一緒にはじめた総合格闘技ですが、すっかり生活の一部になっていて、週に3回はジムに通う毎日。昨年の11月と今年の2月にはワンマッチの試合に出場しました。
アマチュア総合格闘技の最高峰といえば、やはり佐山サトルが創設した修斗です。総合格闘技のルーツの一つである修斗の舞台で是非自分を試してみたいと参加してみました。
この試合に際して、試合の1ヵ月前から減量をはじめ、試合前3週間はほぼ毎日ジムに通う日々でした。毎日朝から夜8時まで診療し、その後自転車でジムに通って深夜10時〜11時まで練習する日々。週に2回はロードワークでスタミナづくり。それに減量が加わり、試合前の1周間は殆ど何も食べない絶食状態でした。
試合に向けて毎日身体を追い込みながら、体重の変化に向き合いながら減量してしてゆく行為は、非常にコンセントレーションを高める体験でした。今回は別の階級に息子も出場するため、全く同じような緊張感を共有しながら日々を過ごせたことも貴重な体験でした。
フローティング・タンクによるコンディショニング
フローティング・タンクによるコンディショニングも行いました。連日のハードな練習によって心身の疲れのピークに達している試合前数日間に利用しました。時間があれば週1程度で利用するともっと効果的だったでしょう。試合前はある種の儀式のように利用しています。試合への不安が遠ざかり今の自分に集中し、身体のコンディションが深いレベルで理解できます。同時に心身のバランスを整え、自己治癒力を最大限に発揮させます。
なんでも自分のからだを通して実験、実験。
いよいよ試合当日
試合当日は、天まで透き通ったいい天気で、会場である津山東高校の体育館まで車で向かいます。今回の試合は試合直前に軽量をする当日計量です。朝の体重測定では規定体重の70.3kgを下回る69kgだったので、道中も水も一切なしで絶飲食でのドライブです。
会場について緊張の中、軽量を無事クリア。防具チェックの後、試合までウォーミングアップ。一度思いっきり息を上げて準備をします。一人でこっそり裏山を坂道ダッシュとかしてました。
息子も緊張した面持ちで準備中。コーチから試合前の指示を受けたり、同階級に出場する木村選手とマススパーをしたりしています。
息子の試合は2試合目。そして私の試合は8試合目。アマチュア修斗の地方予選はトーナメント形式です。息子の階級も私の階級も3回勝ったら優勝で、全日本出場となります。
いよいよ大会が始まりました。まず息子が出場します。
やった!無事勝利することが出来ました。途中2回ほどダウンを奪っての勝利です。
さて本番!トーナメント第1回戦
さて私の出番です。この数ヶ月今日を目指して集中してきました。その成果を出すだけです。
その試合動画はこちら
試合は開始35秒でTKO勝利しました。まず快勝!
さて次、というところなのですが、
どうも右手に違和感が、、。次第に大きく腫れてきました。まさか折れては無いだろうと思い、2回戦も出場したのですが、満足に攻撃も出せず、タックルで転ばされてバックチョークで一本負けをしてしまいました。(負けた動画は悔しいので貼りません笑)
息子も2回戦で、翌週関西選手権で優勝した大勝選手に腕ひしぎ十字固めで一本負け。これで親子でのアマチュア修斗中国選手権は終わりを迎えました。
結果は堂々の3位。まあなんにせよ3位は3位ということで。。
しかし長い緊張から開放されて、また場内のマナーや雰囲気もいいことから、悔しさと同時に不思議な爽やかな開放感がありました。これが格闘技の良いところで、言葉を超えた深いコミュニケーションがあります。
40歳を超えてMMA(総合格闘技)のトーナメントに出るという経験
今回は総合格闘技はじめてのトーナメント出場ということもあり、いろいろと新しい経験をさせてもらいました。一つは階級制であるために、減量が必要だったこと。私は通常から71~72kgなのでほぼ減量苦は無いはずなのですが、年齢のためかなかなか体重が落ちないですね。まあ普段からかなり節制してこの体重なんで、1kg落とすのに最後の1週間はほぼ絶食に近い状態で調整しました。しかし普段から低糖質食にしていることもあって、絶食にもすぐに慣れてしまって意外に大丈夫でした。
毎日仕事を終えてから、練習に行き、試合に挑む精神状態を作り、最後の1週間はアルコールも断って、次第に夜の睡眠時間も短くなってゆきます。走り込みもしましたし、正に映画のボクサーのような体験を追体験したような不思議な感覚です。そこでは妙に集中して、研ぎ澄まされた、軽い高揚感と不安が入り交じった感覚、試合という1点に向けてすべての肉体的、精神的労力を集中させ、一気に開放させるカタルシスがありました。
もちろんと負けてしまうと喜びも半減してしまうわけで、今回は悔しさもひとしおなので、このままでは終われない。来年も是非出場してリベンジを果たして、より大きな開放感に浸りたいと思っています。
このような機会を与えてくれた、ゼロ戦クラブの影山さん、永添さん本当にありがとうございました。そして優勝した木村くん、今年こそは全日本で優勝してくれ。ジムで練習に付き合って頂いた皆さん、特に兼田さん、守屋さんには本当にお世話になりました。今後も宜しくお願いします。
さて、その後は減量の敵をとるように、ホルモンうどんを食べたり、美咲町のたまごかけごはんを食べたりしながらのんびり帰っていたのですが、、どうも手が痛い。万が一ということもあるので、救急病院を受診しました。
折れてました。
やっぱり折れてました。
第2指中手骨骨折。ボクサー骨折というやつです。
ハードパンチャーの宿命だとうそぶいて、自分を慰めています。
現在こんな感じで診療しています。既に外来を受診した患者さんたちにはお馴染みの姿になっているでしょう。本当に多くの患者さんが心配してくれて、その全部の患者さんに経緯を説明しているのですが、その詳細なバージョンが今日のブログです。皆さん本当にありがとう。
教訓 調子に乗りすぎたらゲガをします。
バカですねー。
こんな主治医ですが、手が折れても口が動けば診察はできるので、診療には全く影響がありません。
これからもよろしくお願いします。